管理人は酒飲みである。それほど強いというわけではないが、人並みに嗜む方である。同時に、何につけ他人から強制されるのが嫌いだ。酒に関しても「飲め」と言われるのも、逆に「飲むな」と言われるのも、同じ程度に嫌いである。
酒の飲み方を覚えた管理人の学生時代は、当時おそらく全国的に見て貧乏水準の高い大学だったこともあって「酒の一滴は血の一滴」を地でいく生活だった。飲めない後輩に無理矢理酒を飲ませることもなければ、理由なく先輩が後輩に奢ったりもしない。激論の間に不注意でテーブルにこぼした酒はなめさせられた。だから酒を粗末にする行為も同じように嫌いで、いわゆる「一気飲み」「(罰ゲームなどのように)酒に不純物を混ぜるような行為」は今でも怒り心頭である。
そもそも酒を飲む行為というのは嗜好であり、趣味のものだ。好きな人もいれば嫌いもしくは苦手な人もいる。さらに一歩間違えば命にも関わることがある。当たり前のことだ。しかしこの「当たり前」のことを理解できない人もいる、ということが問題をややこしくしている。
長野県の副知事が、「庁内の飲み会でお酌をすることを禁じる」ことを提唱したという。
(朝日新聞2009年6月6日の記事)
問題の本質はお酌そのものの是非ではない。「お酌をすることを要求する」または「お酌された酒は飲まなければいけない」という習慣なり雰囲気が問題なのだ。しかし、禁止することがそういった「強制行為」でないことにルール屋としては拍手を送りたい。
「強制行為を禁じる」だけなら、お酌推進派はきっとこういうだろう。「自分はお酌を強制していないし、つがれた酒だって自分の意志で飲まなければ良いだけだ」と。
しかし酔っぱらった人間というのはわがままだ。理性が通常より働かないだけにやっかいである。つまり、「相手にお酌されたらお酌を返すのが常識であり習慣だ」「好意でお酌されたのならその好意を汲んで飲み干すべきだ」という訳のわからない論理を展開する。総じて彼らにとっては「自発的に」お酌をしたり、お酌された酒を「自発的に」飲むことを要求する。そしてそれによって生じた事態に責任をとることはない。こういう状況を打破するもっとも効果的な策が、「お酌そのものを禁止する」ということだったのである。
冒頭に述べたように管理人も酒を飲む。お互いが対等の立場で、相手の状況もよくわかっていて、気軽に断れるようなシチュエーションであれば、お酌自体が悪いことだとは言わない。先の長野県の副知事にしても、職場での飲み会といえど全く対等なノンベのオッサン同士が注ぎあうことまで禁止しているものではなかろう。しかし組織で飲むということは立場を常に意識せざるを得ない。上司と部下、先輩と後輩が向かい合えば、どうしても上下関係が存在する。そこにはお酌の強制や飲みたくないものまで飲ませることが絶対ないとは言えないだろう。だから「お酌は禁止」という原則を徹底することに意義がある。
これに対して真っ向から反論する向きもある。
岩見隆夫のコラム「サンデー時評:長野の「お酌禁止令」、おかしい」
繰り返すが、お酌したりお酌されたりするのが好きなもの同士がそれをするのなら誰も止めない。でもそれをいやがる人にまで強制してはいけない。仕事の手順やルールなら強制もありだろう。しかし、組織の中で飲んでもまた仕事の話をしたにしろ、酒宴は私的な空間である。そこに強制はない。それがないことによってコミュニケーション手段が薄まるというのなら、ほか手段を考えるべきであろう。実際、お酌などという習慣のない国ではそうやっているのだから。
このコラムではこうも言う。
「だが、気楽に、というのはそんなに好ましいことだろうか。せっかくの酒席だ。注ぎ合いながら、たまには激論があってもいい。」
・なぜ「気楽でない」状態だと激論に発展するのかが不明である。むしろ気楽だから激論が期待できるのはないか。
「私たちの世代に比べて、一般的に若い人たちは感情の交流、気配り、心配りが薄くなっている、と感じる。」
・それが事実かどうかはここでは論じない。しかしその原因を「お酌をしたりされたりすることをいやがる」ことに求めるのは無理がある。
「日本人が長年、慣習として繰り返してきたことを、若者への甘い態度だけで軽々に禁止しないほうがいい。私なんか、夜ごと、だれかにお酌している。お酌してもらってもいる。生活の一部なのだ。何ごとによらず、禁止はよくない。」
・お酌禁止令はなにも若者だけが恩恵を蒙っているのではない。酒席が苦痛な人は世代を問わず存在する。飲めなくても気持ちの良いコミュニケーションの場を増やすということの方がより重要だとは考えないのだろうか。
このように自らの体験・経験・感覚がいろいろ存在するという事実を見通した上での「全面的禁止」であることがポイントだ。やりたい人はやりたい人同士だけで、今まで通りやればいいのだ。ただただ「やりたい人ではないかもしれない」のがわからない場・相手では禁止だというだけ。管理人としてはこの英断を支持したい。
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